壷阪寺(つぼさかでら)
2012.6.20 日帰り旅行

壷阪寺 西国霊場第6番 眼病封じの寺 お里沢市の霊蹟

駐車場
坂を上がって行くと有料の駐車場?
     エー有料???と、駐車場の前で考えていると
一台の車が止まり運転手さんが
     「無料の駐車場があるから付いて来なさい」
     言われ少し一緒に走ると大きな空き地があった。
この場所は無料駐車場ですした
階段を下りると壷坂寺の入り口で
     これは良かった 良かった
入山料
     大人・・・600円
壷阪寺
多宝塔の外見は、二重塔ですが、
本来は一重の宝塔のまわりに
裳階がついた形であって、
発生的には二重塔ではありません。


宝塔の意味は
円形の燈身に宝形造の屋根を乗せた物を言い
多宝塔の上重の腰が円形で
上に丸みがついているのはその名残りである

本尊十一面千手観音菩薩像

室町時代の樫材の寄せ木造り
蓮華座上にどっしりとした姿
ふくよかな顔立ちをする
御本尊である十一面千手観音菩薩座像は
「眼の佛」として広く信仰を蒐めている

私の思い
初めて壷坂寺に来たのは

神戸淡路大震災の

前でした。この観音様の顔を見て

心が温かくなったので

もう一度ぜひお会いしたいと思い

今回のドライブになりました

日本一の山城 高取城(標高583.9m)

駐車場からく壷阪寺への下りの階段の所に“高取城” “五百羅漢”の表示が出ていました
日本三大山城の一つと言う事でぜひ行ってみたいと主人の提案で車をすすめました。


以前山城の一つ備中 松山城に、行った事があったので
予想はしていたのですが・・・・・・。
今回は道路事情が要注意でした

本多氏以降徳川氏の譜代大名の植村氏の城として幕末まで続きました。
植村氏は高取藩主として幕末1868年まで続きましたが、
明治4年に廃藩置県となり、26年頃に天守閣などの建物は取り壊されました。

城郭名 所在地 海抜 比高 解説
 大和高取城  奈良県  583m  390m  比高が一番高い
 備中松山城  岡山県  480m  340m  建物が現存する中で最も高いお城
 美濃岩村城  岐阜県  721m  150m  海抜が一番高い
   比高とは、麓から本丸までの高低差で大きいほど一般的難攻不落と考えられる。 


三大山城の一つ
道路事情

城跡まで走行中、何度も来なければ良かったと思いました

なぜって?? 道幅は狭く対向車が来るとすれ違いが出来ません

ガードレールも無く曲がりくねった道で道路反射鏡(カーブミラー)が頼りです。

道路には枯れ草もありスリップすると谷底でーす

行きは
、バイク一台とすれ違い
帰りは、
山用自転車とすれ違いました
良かった 良かった 自動車と、すれ違わなくて!!!

(司馬遼太郎 街道をゆく 大和・壺阪道 城跡の森 より抜粋)
『高取城は、石垣しか残っていないのが、かえって蒼古としていい。
その石垣も数が多く、種類も多いのである。
登るに従って、横あいから石塁があらわれ、
さらに登れば正面に大石塁があらわれるといった具合で、まことに重畳としている。

それが自然林に化した森の中に苔むしつつ遺っているさまは、
最初にここにきたとき、大げさにいえば、
最初にアンコール・ワットに入った人の気持ちがすこしわかるような
一種のそらおそろしさを感じた』


高取城跡
やっと着いた行き止まりのスペースに車を止め
帰りの事も考えて車を下り方向に移動させて城跡に向かう
水が流れ、枯れ草に足をとられ滑りそうになる
何処まで 何分 登るのかが不明(何処にも表示が無い)・・少々不安

階段?を登って行くとかすかに城壁らしき物が見えてきた
ヤッタ ヤッタ やっと着いたよ

城跡には草が一杯にはえ道筋もついていない 分け入ると言う表現がピッタリでした
帰ってからHPで調べると私達の見た高取城跡はホンの一部でしかなかったようです・・歩いて上がると全容が見れるのでしょう?

五百羅漢
興味があったので五百羅漢の標識矢がある場所で車を止め
道なき道を登っていってのですが
何と私達が見つけた物は
両界曼陀羅だったようです・・・わからなかった
しかし「これが五百羅漢」?????と思ったのです
HPを見ると全然違ったようですね。
調べてから行かないと 駄目ですね


確かにこの標識はありましたがどちらに行けば良かったのでしょうか???
周りを見渡して見ましたがわかりませんでした・・クシュン
 

感想 奈良も高速を使って行くと2時間弱で行けるので楽でした

しかし 下調べをしていかなかった分(高取城 五百羅漢)残念な事もありました。

道の駅 地元の野菜販売店などでお買い物をして楽しい一日が過せました
ドライバーの御主人様ありがとうございました